Fumiya Nishimoto
アラン・ケイの考える、アイディアについてのすごいアイディア. ニセ科学をバカにする前に ~科学という名の宗教~ - 雪見、月見、花見。 皆さんは「ニセ科学」って聞いたことありますか? その論理過程に飛躍があったり誤魔化しがあったりするのに、科学っぽい体裁や理屈を整えて、いかにも科学的根拠に基づくしっかりとした発見や発明かのように主張する理論や製品を指します。 「□□でガンが治る! ◯◯大学の△△博士が学会で発表!」 とか、「最新科学で判明! △△のパワーでお肌が若返る」とか、「◯◯は身体に良い/悪い」とか、「△△で放射線が除去できる」など、色んなパターンがありますが、特に健康系の話に多いようです。 有名な血液型性格判断もその代表例ですね。 それらの話はちょっと聞いてみれば、バイアス(偏見)たっぷりの統計が使われていたり、実験結果の数値の解釈が結果ありきで恣意的だったり、大事な情報や前提条件を隠していたりと、多くの場合、およそ暴論あるいは完成度の低いものです。 しかし、そんな「ニセ科学」は実際に世の中に大変に広まっており、多くの方々に支持されています。 書店などで、この手の本が平積みされているのを見かける度、科学教徒を自負する私は非常に寂しく、悔しい気持ちになります。 この光景こそが、まさにこの社会に「科学の教え」が普及してないことを示す象徴だからです。 でも、不思議ですよね。 道行く人に「科学は好きですか?」 また、大衆だけでなく、政治の決定や裁判での判決などの、社会の中枢の重要な判断でも、多分に「科学的」であることが求められています。 そう、一見して、この社会の仕組みは「科学」を基軸に回っているように見えます。 やっぱり、この社会の人々は「科学」を大事にしているように見えます。 それなのに、なぜ「ニセ科学」は蔓延してしまうのでしょうか? 気になりますよね。 私も気になったんです。 ということで、今日は「ニセ科学」をテーマにボーッと考えて行きましょう。 【目次】・あなたが科学を好きな理由は何ですか? あなたが科学を好きな理由は何ですか? 先ほども書いたように、みんな科学が大好きですよね。 特に無宗教で有名なこの日本においては、「神はこうおっしゃいました・・・」や「ご先祖様の霊がお怒りじゃ!」 その証拠に、なぜ「ニセ科学」がわざわざ「科学」を名乗るかと言えば、そりゃオカルトっぽい話や宗教がかった話より、科学が人気があるからに他なりません(もちろん、オカルトっぽい話も好きな方もいっぱい居ますけれど)。
では、なぜこんなに科学は人気なんでしょう。 科学報道を殺さないために-研究機関へお願い. 日本社会=体育会体質/爲末大学 - スポーツニュース. 大阪市立桜宮高バスケットボール部主将が体罰を受けた後に自殺した事件に始まり、女子柔道選手への暴力やパワーハラスメントも発覚し、日本のスポーツ界が揺れている。 自ら取材、執筆を手がける責任編集の為末大(34)が「スポーツと教育」をテーマに、その問題点に切り込んだ。 <1>人間に限界はない 勝負どころはもっと頑張れという根性論がスポーツにはいまだに根強くある。 戦略というのはすべてに限界があり、それをどう分配すれば最も効果が高まるかというのを考えるところから生まれる。 今回、女子柔道が五輪前のすべての試合に選手を出していたというのも、この「モチベーションに限界はない」とする考えに基づくのだと思う。 <2>苦しくなければ成長はない 体罰も含め、強制的な厳しい指導を肯定する人には、成長には必ず苦しみが伴うという考えを持つ人が多い。 例えば「プライオメトリック」という台から飛び降りて、着地後すぐ跳ね上がるという練習がある。 むしろ練習効果としては、苦しいと考えながらより楽しいと考えながらの方が同じ2時間の練習でも練習効果が高い。 <3>管理されなければ人間は怠ける 人間は怠ける生き物で「管理されることによって努力する」という根強い考えが多い。 管理して型にはめることではなく個々人の主体性を大切にし、特徴を生かすのは難しいけれど、それをやってこそのコーチングだろう。 <4>みんな同じ目的でなければいけない スポーツの定義は本来とても大きな範囲に及ぶ。 僕の友人でスポーツは嫌いだけど、友達との散歩は好きと言っている人がいた。 <5>人には上下があり逆らってはならない 古くからスポーツ界では、年齢が上のものや地位が上のものが絶対で、下はそれに何があっても従わなければならないという因習がある。
もし海外でパワハラのようなことが起きた場合、選手たちが自由に訴えを起こせる第三者機関が存在する。 実は日本にもスポーツ仲裁機構という独立した第三者機関があるのだけれど、全柔連は今このスポーツ仲裁機構に加盟していない。 <6>思いさえあれば手段は問わない 確かに体罰は悪いことかもしれないけれど、その背景にあった思いは本当に選手のためを思っていたはず―。 日本は動機が純粋であれば行為には寛容なところがあるけれど、動機が純粋であったかどうかを証明するのはとても難しく、だから行為で線引きするしかない。 1つ、僕には疑問がある。 スガタ・ミトラ : 自己学習にまつわる新しい試み. シアワセをデザインする - 環境. ずっと、疑問の声を浴び続けてきた。 設計ができるのに、なぜつくらないデザインなのか、と。
ひとつには、コミュニティデザインの現場に入っていくときに、「デザイナー」というアイコンが邪魔だったという事情があった。 デザイナーを名乗ると、すぐに、 「じゃあ、あれつくってよ」「デザイナーなら、これぐらいできるでしょ」 と言われてしまう。 それに、「ものはつくらない」と宣言することには別の意図もあった。 一方で、「ものをつくらない」と言い放つことによって、ものをつくる人たちから「ものづくりの力を信じないのか」という批判も受けることも少なくなかった。 それが最近、変わった。 「そろそろ、『つくらないデザイン』一辺倒から脱却しようかと」 つくることも、つくらないこともどちらも選べる。 その象徴となるのが三重県伊賀市で進めている通称「ホヅプロ」。 海外から安い木材が流入し、国内産の木材が売れなくなり、山の管理がおろそかになって林が荒れる――そんな悪循環を断ち切ろうと、国産材を使った家具作りのワークショップなどを開いている。 それだけではない。 設計にはもちろん山崎がかかわり、図面はインターンの学生が引き、途中の設計変更には事務所のスタッフが当たった。 「それによって、ソリューションの幅を広げたいと考えているのです」 山崎はいま、「コミュニティデザインの第一人者」としての縛りから離れ、ようやく自由になりつつあるのかもしれない。 これからは、これまで断ってきた、ものづくりだけの仕事も請け負うし、デザインだけの仕事もするという。 ワークショップや講演会で参加者に見せるパワーポイントの資料には、三つの円が重なり合って描かれている。 「やりたいこと(wish)」と「できること(can)」が重なり合う領域にあるのが「趣味」。 「できること(can)」と「求められていること(needs)」。 「やりたいこと(wish)」と「求められていること(needs)」。
そして、「やりたいこと(wish)」と「できること(can)」と「求められていること(needs)」の三つが重なり合う領域にあるのが「企画」だという。 企画とは、いわば解決策。 「まち医者」ならぬ「まちの医者」。 The Flipped Classroom: Turning the Traditional Classroom on its Head. ジャネット・エシェルマン「想像力を真剣に捉えよう」 キャンディ・チャン 「死ぬ前にしたいこと」 Susan Cain: The power of introverts. エイミー・カディ 「ボディランゲージが人を作る」 松岡修造~テニス合宿 子供に向けて~ Tales of passion - Isabel Allende. "When I was young, I often felt desperate: so much pain in the world and so little I could do to alleviate it! But now I look back at my life and feel satisfied because few days went by without me at least trying to make a difference. " From Isabel Allende's biography: Isabel's official blog: Allende started the Isabel Allende Foundation on December 9, 1996 to pay homage to her daughter, Paula Frías Allende, who experienced a coma after complications of the disease porphyria led to her hospitalization.
TEDWomen was a conference in 2010 that asked how women and girls were changing the future. This is an interactive version of the Feminist Perspectives Scale, a measure of feminist and gender attitudes. Some incredibly early footage captured in London. 大西 宏のマーケティング・エッセンス : スポーツにおける体罰は指導者の怠慢そのもの - ライブドアブログ. ゆとり教育への不満なのか、体罰を容認する人もいるようで、体罰を受け自殺した桜宮高校生男子生徒に関する学校側の説明会で、学校側の説明に拍手をしていた父兄もあったといいます。 しかし、これはたんにスポーツを理解していないだけで、今では一流選手や一流コーチで体罰で選手強化ができると考えている人はいません。 厳しくハードな練習と体罰は関係がなく、精神力も体罰によっては鍛えられるものではありません。 かつての体罰やいわゆるスポ根で育った選手は、逆に、いざという厳しい局面ではメンタルでの弱さがでてくることは日本のスポーツ界が学んできたことです。 強制され、やらされている選手と、自らの意志でやる選手では強さが違います。 スポーツの指導は本当に難しく、技術を教えるだけでなく、チームづくり、練習メニューづくり、選手のメンタルケアやモチベーションアップなど、どれをとっても創意工夫が必要です。
指導者の役割や指導者の能力によって、選手のレベルアップやチーム力アップへの影響は大きいともいえます。 しかし体罰なのか、そうでないのかの境界線がどこにあるのかはしっかり議論しておいたほうがいいと感じます。 ふつうはその境界をわきまえている指導者が多いはずですが、指導者教育ができていない競技では、指導者と生徒が一体となってリンチを平気でやるという事件も起こっています。 また、こちらのブログにもあるように、体罰と、生徒の暴力や他の生徒への迷惑行為に厳しく対処することを混同すると、先生はなにもできない、見て見ぬふりをするだけで、少しもめただけで警察を呼ぶということになってしまいます。 スポーツの場合はその点では線引しやすいのではないでしょうか。 頭をコツンとやる、お尻をひっぱたくいうのと顔面を殴るのとは全く違います。 しかし、今回自殺した生徒は親が顔が腫れているので、体罰があったことに気がついたそうですが、これはもう体罰を超えた完全な暴力です。 つくづく思うのは、学校教育の場であらたな指導者教育が必要になってきているということです。 おそらくゆとり教育は、先生たちのしつけをも放棄させる結果を招いてしまったのです。 いずれにしても、体罰の是非を超えて暴力を振るう指導者に対して、また生徒間の暴行にも学校は勇気をもって対処すべきです。 応援クリックよろしくお願いします. アスリートもビジネスマンも、 「2回の人生(キャリア)」を生きる時代|ベストセラー対談:伊賀泰代×為末大. 『採用基準』を刊行したマッキンゼーの元採用マネジャー・伊賀泰代氏と、 元400メートルハードル銅メダリストでTwitterのフォロワー13万人超えの「走る論客」為末大氏。
一見異なる経歴の2人だが、プロフェッショナルとして激しい競争の世界で戦ってきた点では同じ。 連載1回目は、ますます厳しい時代に突入する中、これからのキャリアのあり方について語る。 伊賀泰代氏 1993~2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにて、コンサルタントおよび、人材育成、採用マネージャーを務める。 現在は、キャリアインタビューサイト MY CHOICEを運営、リーダーシップ教育やキャリア形成に関する啓蒙活動に従事する、キャリア形成コンサルタント。 誰よりも努力したアスリートが「努力教」を否定!? 伊賀 為末さんの『走りながら考える』を読ませていただき、共感する部分がたくさんありました。 為末 「反対のこと」ですか? 伊賀 「やればできるは幻」なんて、トップアスリートの為末さんが言い切ってしまっているところとか。 闇雲に何かを頑張るというのではなく、戦略的に物事を考えていくという点は、マネジメントに非常に近いと思います。 為末 競争の世界に身を置くアスリートがそんなことを書いてしまっていいのかと、よく驚かれます。 伊賀 たしかに、スポーツの世界は根性論や「できないのは努力が足りないからだ」的な【努力教】信者が特に多そうなイメージです。 為末 そうですね、いまだに多いと思います。 【体罰】為末大 圧倒的に部活に暴力が多い. 熱血修造キャンプ 基本プログラム. Green Heart:発電するスポーツジム. “Fitness Area” BY Hotel Concorde Berlin (CC:BY-ND) 公営のスポーツジムでトレーニングをしている間に、自分の筋肉の力でクリーンな電力を発電するのも悪くないだろう。 しかも屋外で。 電力消費が少なくなり、住んでいる町の電気料金が軽減される。 そして何より、健康になれる。 イタリアでは事実上、夢物語だ。 実際、ひとつ例を挙げれば、エアロバイクによる発電は、法律が規定する再生可能エネルギーのリストに入っていない。 従っていまのところ、そうしたいと望んでも、このような設備を地域の電力網に接続することはできないし、国のインセンティヴを利用することもできない。 よくあることだが、国外では話がまったく異なる。 市民アスリートたちは、いままでに40,000kWを生み出したようだ。
当然のことながら、プロジェクトはハルだけに留まらない。 実際、ネットワークはすでに存在する。 この会社の工程表は、今後5年間で、新しいジムを毎年100件オープンさせることを想定している。 このトレンドには2つの側面がある。 しかし、現在の状況はいまにも爆発しそうな爆弾のようだ。 ジェメッリ医科大学によって実施された健康白書「Osservasalute 2011」によると、実際、スポーツジムへの登録は40%減少している。 イタリア小児科医連盟の推測によると、10家族中2家族は、子どものスポーツをやめさせてしまった。 10人中4人のイタリア人が運動不足であることを自認しているのは言うまでもない。 Sampras v Matsuoka -Wimb 1995 Quarterfinal (2/6) スガタ・ミトラ:インターネットを介した「学び」は既存の教育を消滅させる. スガタ・ミトラ スガタ・ミトラ|SUGATA MITRA 英国ニューキャッスル大学教授。 認知科学・教育テクノロジーの専門家として知られ、2012年、MITメディアラボの客員教授として招かれた。 著書に『Hole in the Wall』〈TED Books〉がある。 未来の子どもたちに教えるべきことは3つだけです。 読み書きする能力。 必要な情報を得る能力。 そして、その情報の価値を判断する能力です。 わたしがいまから13年前にインドで手がけた実験「Hole in the Wall」は、インドのスラムの街角にコンピューターを置いて、子どもたちに自由に使わせるというものでした。 会計士ではないのに、あなたが会計士のフリをしていたとします。 学校というものが存在する大きな理由のひとつは軍隊です。 これからの時代、資格試験や卒業証書などは無意味になっていくでしょう。 インドのスラムにコンピューターを設置し、自学を促す「Hole In the Wall」は映画『スラムドッグ・ミリオネア』の原作のモチーフともなった。 最貧国の闇を照らす、女性のための「ベアフット・カレッジ」 ベアフット・カレッジで、ダップ・デーヴィーがソーラークラッカーを製作している。 インド、ティロニア村。
2010年3月のある朝まだき、スザンナ・アーデルハイド・フイは、ナミビア中央高原のウイス・ツァウロブ村にある自宅をあとにした。 祖国ナミビアではわずか1%にすぎない、自給農業を支えうる地味に恵まれた土地の広がるこの村で、彼女の家族は小規模な自作農としてどうにか食べていけるだけの暮らしを立てていた。 スザンナはこれで見納めだと、12軒の集落を振り返ってわが家を見やり、夫と5人の子ども(末っ子はまだ4歳)と、2人の孫とに思いを馳せ、6カ月離れて暮らすことになる家族を案じた。 これから数カ月、日に日に涼しくなる村のことを、遠くで懐かしむことになるのだろう。 「だって飛行機に乗るなんて、生まれて初めてだったんですもの」と、常に口元に微笑をたたえた49歳の女性は思い出を語る。 あれは数カ月前のある日のこと、背が高く、貴人の顔立ちをしたインド人男性がウイス・ツァウロブ村に現れて、思いを村民に告げたのだ。 「村の女性何人かを6カ月間、インドの大学で学ばせてはいかがですか?」 そんな問いかけに、村人たちは面食らった。 背の高いインド人は、サンジット・“バンカー”・ロイと名乗った。
社会活動家で、教育者で、ベアフット・カレッジ(裸足の大学)の創設者でもある男だ。 実地の職業訓練を通じて地元の人々を教育する、というロイの着想が型破りなのは、よその国の教育者がもち込む新たな方法論に頼るのではなく、伝統的な技術や知識を伝えることを重視していることにある。 大学の授業の一部は記録され、インターネットにアップロードされる。 「この教育モデルは、人々が物事を考えるペースや、既存の文化(それをゆるがせにはできません)を考慮に入れてつくられています。 理解できること。 Salman Khan: Let's use video to reinvent education. Five Lessons from Salman Khan on the Future of Education. Salman Khan needs no introduction. He was recently on the cover of FORBES and was named one of TIME magazine’s 100 most influential people.
And he just published a book — The One World Schoolhouse — which is already a bestseller. I recently interviewed Sal to get his thoughts on the future of education. Here are five wisdom filled lessons from the world famous educator. 1. “You have all this education theory and people try to make larger statements than maybe what their data would back up because they’ve done these small experiments that are tied to a very particular case with a very particular implementation…theory definitely matters, but I think dogma matters less. That’s what’s exciting. 2. “Even when there’s an opportunity to make [STEM or math] less mechanical once you start getting into algebra, unfortunately it is disproportionately taught in a very formulaic way. 3. “Sometimes I think people confuse rote learning with traditional conceptual instruction. 4. 5. How Khan Academy Will Help Find The Next Einstein.
Earlier I wrote an article, , that included core insights from Sal that I distilled from our full discussion. Sal kindly shared his thoughts on what it means to be creative, intellectually precocious kids and the Khan Academy, how he enjoyed gifted programs as a kid, how Khan Academy impacts the role of theory in education , and why he thinks it is socially acceptable to be bad at math in America today, among many other topics. We haven’t done any rigorous research, but my best guess is that it seems like that is the case. It’s not just a haven for precocious youth, but I suspect our penetration among precocious kids is really high and a high fraction of our users are kids who have a love of learning. We’re still in a primitive state in terms of the tools that we’ve created, but our vision for the future is that everyone will be able to learn at their own pace and it should be competency based. Yeah, a certification or a micro credential or whatever you want to call it.
Exactly. どこでも無料で受験勉強 大学生のネット教室、次々開設 - 受験ニュース - 2013年度大学入試センター試験 - 教育. どの地域に住むどんな高校生にも公平に受験勉強のチャンスを――こんな理念に共感した全国の大学生が、自ら習得した受験勉強のコツを活用し、無料の授業動画にして次々とインターネットで公開している。 家庭の経済状況が学歴格差につながってしまう現状を変えられるか。 「今日の授業は硫酸についてです」。 東京・駒場にある受験応援サイト「manavee(マナビー)」事務所で、東京大2年の苅田譲(かんだ・ゆずる)さん(19)=理学部化学科に進学予定=がビデオカメラに語りかけた。 これまでに撮った化学などの授業85本はマナビーで無料公開中だ。 画面に生徒のニックネームが表示され、先生への質問、やりとりは公開される。 「超納得。 マナビーは2年前の10月、東京大3年の花房孟胤(はなふさ・たけつぐ)さん(22)が設立を思い立った。 英語の勉強に使っていた花房さんは、何度も再生できて巻き戻しも自由な「授業」に「本当に便利。 サイトのプログラムを調べ仕組みを研究。 理念をサイトに書き込んだ。 漢文と和歌を教える京都大文学部の小西由起さん(21)は松山市出身。 大阪大経済学部の嵐脩真(しゅうま)さん(20)も、授業料の高い大手予備校をあきらめ自習中心の個人塾に通った経験がある。 マナビー初の動画は、花房さんが自らカメラを固定して撮った数学。 ■米では公教育への進出も 授業の動画や教材をウェブ上で無料公開する動きは米国で先行し、広がっている。 大学がウェブで教材などを無料提供する動きは10年以上前に始まり、現在は世界で数百の大学が実施。 子どもも対象にして成功したのが2008年誕生のカーンアカデミー。 Beau Lotto + Amy O’Toole: Science is for everyone, kids included. 中谷宇吉郎 雪. 第1図版[#改ページ] 第2図版[#改ページ] 第3図版[#改ページ] 第4図版[#改ページ] 第5図版[#改ページ] 第6図版[#改ページ] 第7図版[#改ページ] 第8図版[#改ページ] 第9図版[#改ページ] 第10図版[#改ページ] 第11図版[#改ページ] 第12図版[#改ページ] この本は雪の結晶について私が北海道で行った研究の経過及びその結果をなるべく分りやすく書いたものである。
昭和十三年十二月一部改訂に際して 著者 [#改丁] 千七百七十年正月七日越後の国塩沢に生れた鈴木が天保年間にした『北越雪譜』は、雪に関する考察と雪国の生活とを書いた書物として有名であり、かつ日本ではこの種の文献が殆どない点で珍重されているものであるが、暖国の人には想像もつかぬ事柄が描かれている。 第1図 一五五〇年代ウプサラの大僧正オラウス・マグヌスはその著 Historia de Gentibus septentrionalibus の中の一章に雪のことを記し、第1図の如き雪の結晶を描写した。 第2図 一八二〇年イギリスの捕鯨業者ウィリアム・スコレスビーは、北海における捕鯨の歴史とその状態とを記した著作を出したが、その中に彼は九六箇の雪華図を収め、かつこれを五種に分類した。 十九世紀の末葉から顕微鏡写真の方法が考案され漸次進歩してからは、雪華の研究も長足の進歩をとげたのである。 ドイトシツラ 土井利位(二四四九―二五〇八)下総古河藩主、土井の男、の養子となる。 彼の遺した『雪華図説』一巻は、一八二〇年代にスコレスビーあるいはグレイシャーの如き世界的雪華研究者として歴史上に不朽の名を遺した人々の仕事と較べても余りがないように思われる。 第3図『雪華図説』図版第十面 本図は加納一郎氏所蔵原本より複写したもので,貴重な原本を貸与された同氏の厚志を謝す.なお文久二年大槻磐渓の重刻本もただ一箇順序のちがったものがあるが,図は原本と同じものである.
第一 空気ヲ清フシ汚濁ヲル 第二 已ニ気ヲ清フスレバ気即チ涼爽粋純ヲ致ス 第三 積雪常ニヲ寒カラシム 故ニノ気凝集シテ水湿ヲニ生ジ以テ江河ノ源ヲ養フ 第四 冬寒支体ノ病 雪塊ヲ取テ患部ニ[#「てへん+茶」の「ホ」に代えて「木」、U+643D、51-5]スレバ即チユ 又臘雪水甘クシテ大寒 天行ヲ解シ一切ノヲ療ス ソノ他諸病ニ於テツ所ニシテ医家欠クベカラズ 以上がその全文である。 「未来の学校」と子どもの未来:シンガポール発・ICT教育の最前線. 次世代技術を教育現場に いまからほんの数年前には、普及率1%にも満たなかったスマートフォン。 いまや堰を切ったかのような波及をみせ、最近のリポートによれば、2016年には、全携帯電話に占める国内出荷数は8割超、回線の契約件数でも7割近くに上る、スマホ全盛時代が予見されている。 こうしてわれわれの生活に急速に根を下ろしていくなかで、タブレットを含めたこれら最新テクノロジーの有効活用の場として今後期待されているのが、子どもの教育である。 なかでもシンガポールは、情報通信技術(ICT=Information CommunicationTechnology)を積極的にクラスルームに導入、世界に先駆けて次世代技術の革新的かつ実践的活用を推し進め、各国の教育関係者の熱い視線を集めている。 シンガポール教育省が、旗振り役となって推進する教育プログラムがそれで、ずばり「FutureSchools@Singa-pore」と銘打たれた試み。 フューチャースクールが立ち上がったのは08年のこと。 選考の具体的な基準は、「ICTと教育の融合についての明確な指針と見解」「学校側が提案するICT教育から期待される効果や成果の実現可能性」など。 「わたしたち教育省がICTを活用した教育現場の改革に取り組み始めたのは、いまから10年以上も前になります。 そう話すのは、シンガポール教育省のジャクソン・タン。
「21世紀の社会で活躍する人材は、ダイナミックで常に進化を続けるグローバル経済がもたらすチャレンジやチャンスに応える能力をもった人間です。 ちなみに、厳しい選考基準を設けるだけに、フューチャースクールの認定を受けた学校へは、シンガポール情報通信開発庁や国立研究財団などの機関から経済面も含めたさまざまなサポートが提供されるという。 また日進月歩で進化を続ける最新テクノロジーに必要なインフラのアップデートにおくれをとってしまえば、せっかくの未来への投資も“絵に描いたモチ”だ。 普通の学校? フランク・モス:手と頭を使って失敗を繰り返し続けること。そこにしか未来はない. フランク・モス フランク・モス|FRANK MOSS 2006〜11年までMITメディアラボ所長を務める。
現在同ラボのニュー・メディア・メディスン・グループ代表。 著書に『MITメディアラボ 魔法のイノベーション・パワー』〈早川書房〉。 メイカームーヴメントと来るべきフリーランス社会が、「働く」ということを根本から変えていくことでしょう。 いま西側諸国は(ここには日本も含まれると思いますが)子どもたちにいったい何を教えたらいいのか途方に暮れてしまっているように見えます。 MITでは先生は知識を授ける存在ではなく、ともに学び、ハードウェアであれ、ソフトウェアであれ、ともにつくっていく「師匠」のようなものとして存在しています。 大学について言えば、オンライン講義がこの1年でホットなトピックになったことで、大学自身もいったい何を学生たちに授けるべきなのかを考えるようになってきています。 加えて、いわゆる「メイカームーヴメント」も、教育を見直す大きな契機になっていると思います。 いまニューヨークでは働く人たちの1/3がフリーランスだと言われています。 ニューヨークのブルックリンにあるハードウェア製作用のレンタルラボ(ファブラボ)「Third Ward」。 「21世紀型スキル」重視に備えを: 教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説. 「国際バカロレア」が日本の高校に入る意味 - 渡辺敦司(ベネッセ教育情報サイト. 「より速く適切に学べる人」:その理由. 神戸女子大学. 12 talks that may inspire New Year’s resolutions. Tick Tock - short film by Ien Chi.
Itay Talgam: Lead like the great conductors. Much more of Sue Austin’s incredible wheelchair art.